コラム


おかしくなった言葉遣い

俳優の岸恵子さんがテレビ番組【トップランナーの肖像】で「言葉がおかしい。犯人や容疑者にていねいことば(正確には尊敬語であろう。敬語の中に尊敬語、謙譲語、丁寧語がある)で話している」と話していた。

事件を起こした人物や容疑者の情報を得ようと、マスコミがその知人や隣人たちに、容疑者の様子や人物像を尋ねると、彼ら知り合いは、容疑者を敬語づかいで表現するのがおかしいというのだ。これはしばしば散見されるし、違和感を覚える人は多いだろう。痛ましい事件を起こした犯人について「全然お会いしないんです」とコメントする近所の人。オレオレ詐欺集団のリーダー格について「・・・と話されていましたネ」と話す知人。話す相手や話題にしている対象者との間柄を瞬時に捉え、尊敬語と謙譲語に加え丁寧語(です・ます・ございます)を適宜に話さねばならない敬語は、普段から聞きなれ、使いなれている環境にないととっさには出てこないものだ。

時代が令和に変わり、皇室の動向を伝える報道が増えた。NHKをはじめ報道機関が”平易なことば”で皇室のニュースを伝えるようになって久しいが、危ない場面も散見される。あるワイドショーは、秋篠宮殿下の会見を採り上げ「父親としてどういう気持ちか話されるんじゃないか」「あえて(話は)しないんじゃないか」「自分の娘が振り回されているという思いがあったのではないか」などの物言いで、あたかも芸能ニュースのようであった。今どき「親王殿下」や「内親王さま」と、敬意を込めて美しく話すことができるのは、報道関係でもごく限られた人だけになっているように思う。
私が危機感を抱くのは、言葉の乱れや遣いかただけではない。言葉遣いや話し方に表れる、相手や周りに対するスタンスそのものが案じられる。一度、発してしまった言葉は引っこめようがない。相手の立場や人格を尊重し、敬意をもって発せられてこそ、伝わるというものだ。

言葉遣いや話し方は、人の関係が希薄になったと言われる今の世の中の課題を象徴するようでもある。美しいことば、敬語遣いは教養のバロメーターとされた時代は遠くなり、家庭や学校から学ぶことも少なくなった。その意味では、接客では多くの場合よく立場を弁えてお客さまに接しているはずで敬語が、習慣として生きている。せめて、ホスピタリティの現場では大切にしたいものだ。

H.N.

「ホスピタリティの現れ方 古今東西」 

少し前のこと。3月末、ノルウェー沖で大型豪華客船が航行不能になり、ニュースでその時の大きく揺れ傾く船内の様子が映された。エンジン3基が故障、このままいくと座礁の恐れがあるということだった。既に状況の的確なアナウンスがあったのだろう、悲鳴や慌てる乗客の姿は見られず、傾きに呼応してテーブルや椅子が大きく右左に滑る中、乗客は比較的落ち着いているように見えた。日本の客船でもそうだが1,300人ほどの乗客の大半が高齢者だ。素早い行動が苦手であろうが、揺れ動くさまに笑い声さえあった。

ヘリが動員され一人づつ吊り上げられていた。大変な作業だ。多少の怪我人は出た模様だが幸いに皆無事だった。救助された夫婦は「いや~吊り上げられて入ったら、‘ようこそ’と言われたよ」と 嬉しそうな顔で話した。多分サンキューと言っただろう。

翻って、日本ではどうだろう・・・自衛隊ヘリに救助されても、規律にがんじがらめになっている隊員は「ようこそ!」の冗談一つ言えるだろうか。一方で、救助された側は‘不謹慎な!‘と思うのが大半だろう。世間もである。笑顔くらい出して‘もう安心ですよ。’と迎える余裕、受ける方も重篤でない限り、救助を労う心があれば良いのだが。

場面変わり、バリ島でのこと。
南国情緒溢れるエキゾテイックなホテルに宿泊した。ドアマンが民族衣装で迎えてくれ、写真を一緒に撮ろうとした時に、驚くことに彼は躊躇なく背中に手を回してポーズを撮った。バリ式‘あなたを歓迎していますよ’の歓待の表現なのだろうか。日本では考えれれない光景だが、南国の花々に溢れた前庭と開放的なリゾートホテルの佇まいに実に溶け込んだ一瞬、和やかな良い思い出となった。

これも、日本のホテルではありえないことであろう。
目を合わせず下向いていらっしゃいませと挨拶するのが普通であろう。温泉旅館ではまだ、にこやかに さあさあ、とばかりに出迎えてくれるが、ホテルは押しなべて ただ、律儀に頭下げるだけの印象である。その瞬間では温かさも何も感じられない。

国民性といえばそうだが、私達は日本式に慣れすぎていて、サービスをする側も受ける側もホスピタリテイのやりとりが下手である。

H.N.

現場を支える心遣い

サービス品質向上を目的としたバス事業会社の研修をご依頼いただいています。かれこれ3年目になるでしょうか。最近感じるのは、利用する(この場合は乗客)側のマナーやちょっとした配慮がもう少しあればなぁということです。「バスが停止してから、席をお立ちください」とはっきりアナウンス(運転士の皆さん、がんばってトレーニングしています!)しているにもかかわらず、バスが止まる前に中腰(特にご年配のお客様に多い!)になり先に先に行こうとする乗客が少なくありません。降りるときも「ありがとう」をお忘れの方が案外いらっしゃいます。他にも、停留所の並び方や車内の譲り合いについても、同社が行った<お客様アンケート>で「(自分たち)乗客のマナーやモラル向上が必要」「運転士さんの努力に頭が下がる」といった意見も以前より増えてきました。サービス向上を目指すなかで、日ごろ現場が抱えているであろうある種の理不尽さや葛藤にも、目を向けるようにしています。「ガス抜き」ではありませんが、一方的にサービス向上!と掲げるだけでは前に進むことは難しいと思うのです。

 

写真は私がしょっちゅうお世話になっている飛行機の機内(座席)です。

定時運行を掲げ、機内の整頓・清掃も客室乗務員が行っています。機内アナウンスで、使ったブランケットや機内で配ったお菓子の袋、お弁当の包みやペットボトルも、飛行機を降りるとき出口に控えている客室乗務員に渡してください、と言っているにもかかわらず、あちこちに置かれたままになっている様子は<「もてなし」の国>にあって、残念です。私も手が届く範囲で、出口に向かうときにちょっと回収するように心がけていますが、急ぎ足で出口に向かう人の勢いに押されることもしばしばです。一方で、オンタイムは当たり前、ちょっとした遅延にも神経をとがらすのに・・・。

あるとき横に座った小さな女の子が、降りるときにシートベルトを椅子の上にきちんとおいている光景を目にしました。「どうしたの?行くよ」と声をかけるお父さんに「だってこうしたほうがいいでしょ」と答えた彼女は、きっと素敵な大人になるんだろうな、と思いました。

ちょっとした、当たり前の気遣い(とまでもいかないこと)が、大きな力になって現場を支えるのは間違いありません。と、自分自身も省みよう。

A.K.

機転と職務のはざまで

雨足強い日に、和服を着ての外出用があったときのこと。

「大通りまで出て流しの車を待ち続けるより、タクシーが常駐しているより近い病院の方が確実に乗れるだろう」そう考えて向かったものの、いつも1、2台は待っているはずが車も人の姿もなく閑散としている。そのとき、バスや見舞い客の誘導のために雨の中に立っていた若い警備員が私に気づき近寄って「今日は日曜で・・・休診日でして、タクシーは来ないのです」と言い、「通りまで出て、呼んできます!」と、さっと走って行った。

見ていると、タクシーはなかなか通らないように思えた。彼は気が気でなかったろう。その間にバスや見舞いの車が入ってきたり、の可能性があったから。何かことが起こったら、彼は務めを疎かにしていた責を負う羽目になるだろう・・・うかつにも休診日だったことを忘れて、病院から乗ろうとしたことをそのとき申し訳なく思った。出入りは殆どない休日だったのは幸いなことだった。

ほどなくして1台がすーっと車寄せに入ってきて、ようやくホッと乗りこむことができた。この若い警備員に礼を言おうと見渡したが、彼は既に持ち場にもどり何事もなかったように立っていた。耳や目が後ろについているような機転の効く警備員であった。

全く気がつかない者もいるだろう。気づいて「今日はタクシーサービスはない」と、知らせには来る者もいるだろう。そしてこのように、ちょっとの間を惜しみなく、明らかに病院関係者でない人の便を図る労をいとわない者もいるだろう。

警備会社はどう見るだろう。

H.N.

<未来>を預かる

桜の便りが届き始め、今年も多くの企業が新入社員を迎える季節になりました。

入社式の様子伝えるテレビのニュースでは、就職活動中と同じスーツに身を包んでも、明らかにその表情や姿勢が、どこかしら学生とは違う「社会人らしさ」をまとっているように映りますから、不思議なものです。

弊社も毎年、新入社員研修を担当していますが、どのトレーナーも「緊張する」と言います。もちろん、どの機会も同じですが、右も左もわからない真っ白な状態の新人たちを企業から託される責任において、あらためて身が引き締まる、ということなのです。ある企業の教育担当の方が打合せのときに「今、いろいろあって社内は決して明るい雰囲気ではありません。でも、とにかく新入社員を迎えることができるということは、この会社に<未来>がある、ということなんです」とおっしゃいました。その言葉をお聞きして、あらためて、私たちはその企業の大切な<未来>をお預かりするのだ、と再認識したのです。

入社式から緊張の連続でしょうに。慣れない通勤、時間管理、チームワーク、新しい人間関係。早く馴染もうと、無理をしながらも必死に(目をこすりながら?)ついてくる、この大切な企業の財産(人材)に、限られた時間ではありますが、これからへこたれず歩いていくための何かをつかんでほしいと、こちらも全力で向き合います。

職場に配属されたら、緊張した面持ちのまま、その姿でもって周りに<未来>を感じさせる、そのような現場力として送り出せるよう、ただいま準備を進めています。

A.K.

 

 

いつも笑顔で

よく食事にでかけるお店がいくつかあります。「よく=しばしば」なので、どちらかというと気軽で、お財布にもやさしい、という共通点がありますが、もうひとつ。それはスタッフがいつも笑顔でイキイキとしていることです。楽しんでいる、といった雰囲気がライブ感を醸し出し、お客様にも伝わって、さらにお客様を呼び込んでいる、好循環をつくりだしているのです。楽しむ、ということは仕事に対する集中力が高まるということですから、営業にもプラスになります。例えば「お奨め上手!」。お客様の様子をニコニコと、実によく観察してタイミングを逃しません。お客様に「すみませ~ん!!」を連発させることなく、頃合いをみはからって、さりげなく「次は白ワインでになさいますか?」と声をかけられると、ついつい、いい気分でオーダーを重ねます。メニューの説明も「これは自分の言葉で説明しているな」といった感じで、美味しさや熱意が伝わります。お客様の支持を集め、営業アップ、これぞ現場力。一人ひとりが自分の仕事にやりがいを見出している結果でしょう。やる気に火をつけることは簡単ではありません。組織をつくる結晶の一粒一粒が、違う一人の人間です。育てる側には集団と個、双方を見る目と、「一歩進んで二歩下がる」とにかく進み続ける、粘り強さも必要だと強く感じます。

これこそ、現場の底力!

「日本はどこに行っても清潔だ」と一般的によく言われます。旅行者の投稿サイトなどを見ると、確かにホテルや公共交通機関など、海外からも高い評価を受けているようです。清潔に対する感度が高い国民性?なのかもしれません。休日の地下鉄、人もまばらなホームの転落防止柵を、布で丁寧にふいている清掃係の方を見かけて思わず足を止めました。いつも通っている空港内の通路わきに小さな花壇があります。てっきり造花だと思っていたら、あるとき係の方が季節の花を植替えている光景を目にしました。ゴールデンウィーク。高速道路の磨き上げられた洗面所に、菖蒲の花と折り紙で作った兜が飾られていました。季節ごとの花がさりげなく飾られ、時には「お気をつけて」のメッセージも。利用する人のことを思いながら、場を整える。茶道裏千家 第十五代・前家元の千玄室大宗匠は著書の中で「裏方仕事をこなしてこそ、表舞台に立つことができます」と、茶道における水屋の仕事に例えておられます。このような心構えはどこに由来するのだろう?? 確かなことは海外からのうれしい評価は、このような現場の底力にこそ、支えられているということですね!(A.K.)

ホスピタリティの現場力②「情報と情感による日本型現場力」

企業の経営者や管理者に「現場の状況はどうですか?」とたずねると、「現場のことは報告で聞いている」「たまに現場に行き状況は知っている」という返答えが少なくありません。弊社が考える「現場」とは、顧客に商品やサービスを提供する際の最適な価値、つまりホスピタリティを創造する「場」と「機会」と考えます。

現場を知っているというのは、「スタッフの喜びや悩みも分かる」ことです。情報化・システム化が加速する中で、主役としての「人」へ新たなスポットを充てる必要が出てきています。情報化は誰でも平等にデータが入る社会を作り出しましたが、同時にデータだけで競争優位に立つことがむずかしくなりました。そのため、もう一つの「情」、つまり人の情感を生かした「情報と情感による日本型現場力」を目指すことが求められます。

強い現場力を備えた会社に共通することは、事業の目的や役割が明解であること、顧客接点の最重視、温故知新、考動(考えながら動く)習慣、そのための率直な話し合い風土、などを感じています。数の多さで世界に誇る、日本の老舗企業や店に共通する要件でもあります。

(Michael)

「ホスピタリティの現場力」

ホスピタリティという言葉がさまざまな業種や分野で使われ、過熱気味ともいえます。

日本では人によるもてなしの心が強調されることから、成熟した社会環境にあって、キャッチフレーズとして使いやすいことも、その理由のひとつかもしれません。

欧米ではホスピタリティは、ホテルを中心とする宿泊産業の仕事や役割に代表されます。ホテルが語源や歴史的にも、ホスピタリティの典型業種であるからです。

私共HRJは、事業コンセプトのひとつに“ホスピタリティの現場力”を挙げています。

サービスを超えるホスピタリティが一層求められる今日、お客様の気持ちや欲求を的確にとらえ、目に見えるかたちで、一貫して提供できるかが競争優位のカギとなっています。

そのためには現場が生き生きとし、最適なホスピタリティを創造する場と機会であることが求められます。ホスピタリティは企業文化と関わるからです。

現場とは、お客様接点の第一線のメンバー、サポートする管理者、コミットするマネジメントの3者によるパフォーマンスの場のことです。

そして現場力とは、企業や店舗の人材が有する能力と意識レベルを高め、自律的な改善や変革しようとする力です。現場が変わらなければ、経営も変わらないのです。

スタートですので、トピックは、少し固いところからはじめます。コラムは“ホスピタリティの現場力”について、日常のさまざまな視点から、また体験談などホスピタリティ情報も紹介していきます。執筆は弊社スタッフ、関係者はじめ多彩なメンバーを予定しています。

(Michael)

 

HRJ 2年目を迎えて

HRJは長年のアライアンスパートナーであった旧HTT社とリソースを統合。「人と企業を、いきいきと」を理念に、多くの方々のお力をいただき、2年目に漕ぎ出しました。このわずか1年の間にも、「はたらく」をめぐる考え方やスタイルはいっそう多様に、拡がりをみせています。企業をとりまく社会・産業の変化は、大きく、めまぐるしいと感じます。その中心にいる「人」のために今ほど我々だからこそできること、我々にしかできないことは何だろうと強く意識したことはなかったように思います。答えはひとつ限りでもないし、絶対でもありません。「何だろう」と考え続けること。変えてはいけないものと、変えるべきものと、地に足を付けてしっかり判断していくこと。その在り様が、変化の中で唯一の「錨(Anchor)」になるような気がします。(HRJ 川村敦子)

 

※このコラムでは、仕事を含めた日々の出来事を通して感じること、考えることを発信してまいります。